進撃の社畜

ブラック企業を全て駆逐してやる

仕事を絶対視すると自滅する

会社には、一端の雇われでしかない労働者でも、自己犠牲してでも仕事をしないといけない。長時間労働して残業代は申請せず、有給休暇は使わない。休日も自主的に出社する。
ここまで行かなくても、仕事は美化されていることが多い。仕事は絶対しないといけないといった価値観が一般的だと思う。
一方で、無職をしていると非国民かの様に言われることもある。生活保護叩きもある。
なぜ、ここまで労働をすることにこだわるのだろうか。

確かに、日本で仕事の主流が農業であるころは、労働が必要であった。
仕事をしないと農作物が取れないとなると飢え死にしてしまうので、仕事をすることは必須であった。
貧しいと、働かない人を支えることも困難だったはずだから無職が居ると叩かれた。こうした人を支える為に労働者が飢えてしまうことも有ったかもしれない。

現代では、食品を作っている人も少ないし、物もたくさんある状態である。飲食店だけでなく一般家庭でも食品が廃棄されて、店では物がセールで安売りされたり、在庫が有る状態だ。
食品や物が飽和している状態である。仕事をしない人が一定数いても、飢える人は出ないし、物の供給が止まることも無いので問題ないと思う。
実際に無職の人が家族に居るとまず言われることが「世間体が悪い」と言ったことだと思う。生活に困ると言われることはあまりないと思う。
生活が豊かになったにも拘わらず、仕事は絶対にしないといけないという価値観は、日本が貧しい頃に出来た。
労働を絶対視する価値観は、政府が税金を取ったり、会社の経営者はからすると都合がいい。本人からしても、世間体がいいし、給与も安定するから悪くない。
労働を絶対視することで正社員をしたいと思う人が多くなる。求人に多く応募が集まる方が安くて質がいい従業員を確保できる。正社員だと、フルタイムで労働をさせることが出来る。
政府からすると正社員からは容易に税金が取れるから都合がいい。基本的には長く仕事を続けるから安定して税金を取ることが出来る。
本人も正社員なら、仕事が安定してあるから、何年後も給与が貰える前提で生活をすることが出来る。収入が安定すると貯蓄が無くても、ローンを組んで欲しいものを買うことが出来る。


労働を絶対視する価値観を持つことでみんなが得をする社会が続くとは思えない。
AIやロボットにより仕事が奪われると言われてから久しい。実際に、今ある仕事は、自動化によって無くなる社会が来ると思う。
こうなったときに、絶対に仕事をしないといけない価値観は、生きていくうえで障害になる。
自動化が進めば仕事の報酬は二極化すると思う。
自動化出来ない仕事は、報酬が高くなる。
自動化出来る仕事は、報酬が安くなる。

自動化される職業も残る可能性はある。それは、自動化するためのコストと人経費を比べたときに、人を使う方が安い場合は仕事が残る。残っても幸せとは限らない。
自動化のコストも年々安くなる可能性もあるので、自動化可能な仕事の給与は下がっていくだろう。
スマホやパソコンを見るとわかりやすい。これらの製品は、性能が同じなら値下がりが酷い。3年後には、値段が半額になっていることも有る。
自動化するコストがどんどん下がることが有れば、人経費を下回ることが有る。そうなると、もっと安い給与で働くか、仕事自体が無くなる。

それなら自動化出来ない仕事に就けばいいと思うかもしれないが、難しい。何が自動化出来ない仕事か予測はできない。
今は、高所得とされる医者や弁護士の仕事が無くなる可能性も有る。AIは、判断する仕事が得意だなんて聞いたことが有る。
患者の症状から病気を判断できるて治療方法まで、提案してくれたら医者の仕事は大幅に減るだろう。
弁護士の仕事も、法律を学んだAIが代わりに弁護をしてくれる可能性もあるし、過去の事例から適切な示談案を提案することができるなら、高い報酬を払って弁護士を雇う必要もなくなる。
雇われとして、いい職業とされている金融職員や大企業の会社員、公務員の仕事であっても自動化されてしまうと、人が働く必要が無いから、報酬が下がることになる。
こうした職業でも、自動化されるとブラック企業並みの待遇で働くか、無くなってしまう可能性はある。

自動化が進む中で仕事を絶対しないといけないと考えるとジリ貧になってしまう。仕事は無くなる可能性があるし、残っている仕事は自動化するコストより人経費が安い仕事ばかりになる可能性がある。
給与の高い仕事は自動化が出来なくて、少数の人しかできない仕事だけになるかもしれない。
そうなると待遇が仕事はハイパーメディアクリエーター位だろう。どんな仕事か知らないが何となく、響きがいいから使いたくなっただけだ。

このように書くと、仕事が自動化される将来を悲観する人が居るだろう。
しかし、悲観することは無いと思う。仕事が自動化されることは、今ある仕事が勝手に終わるので働かなくても、今の水準の生活は出来てしまう。
仕事が自動化すると、自動的に利益を生み出すことになる。その利益をみんなに再分配して、生活が出来るようにすればいい。
労働が嫌いな人からすると、理想的な社会だと思う。ただ、こうした社会を実現するためには、仕事をしないといけないという価値観を捨てる必要がある。


労働を絶対視すると、給与が安くても働き続ける人が出る。そうなると、人経費が安いので、自動化が進まない。
労働で得たお金で生活しないといけないと考える人が多いと、自動化により得た利益を分配するといった考えを持った人が少数派になる。そうなると、民主主義では少数派の考えが実現しない。
会社の経営者からすると自動化して得た利益は、経営者自身が所有しようとするので、再分配はされない。また再分配しない方が、労働をしないといけない人が増えるので、安い給与で使うことが出来る。
経営者からすると、労働者が労働を絶対視した方が、労働者から容易に搾取出来るので、都合がいい。経営者が自ら、搾取出来る立場を譲ろうとするはずがない。
そうなると、労働を絶対視する人は、都合良く使われて搾取され続ける。殆どの労働者はジリ貧になる。


仕事の自動化が進めば、仕事は必要な時だけすればいいし、自動化が進めば、再分配で生活をすればいいやと考える人が増えると生活が豊かになる。
一方で、労働を絶対視すると、お金も時間もない生活をするかもしれない。
再分配で最低限の生活が出来れば好きなことをして過ごせばいい。そうして生活する人の中には、インターネットより便利なものを開発する人が出てきてより便利な社会になるかもしれない。
動画やブログを投稿して誰かを楽しませてもいい。街中をニコニコしながら歩いく仕事でもいい。こうした人の中から成功する人が出てこれば、便乗してより豊かで便利な生活が出来るようになっていくと思う。
いつまでも我慢して働くことばかりしていても貧しくなるだけだ。社会がより便利で豊かになるチャンスを潰すだけである。

労働をしないといけないいう価値観は捨てて、自由に生きることも有りだと思える社会が来て欲しい。